【2018映画】染井将太演じる僧侶空海とは何者だったのか??

2018年2月に公開される映画「空海-KU-KAI-」。

主人公の「空海」を演じるのは俳優の「染井将太」さんで話題ですが、

そもそも「空海」とは一体は誰なのでしょうか??

今回は「空海」についてお話ししたいと思います。

空海とは??

空海の一生

 

空海は現在でも謎の多い人物ですが、そんな彼が生まれたのは今より1000年以上前の事です。

ちなみに映画ではこんな方です。(少しだけですが…!)

774年に今の香川県で生まれました。(真言宗ではその誕生日を6月15日としています。

788年から当時の都、平城京へ行き、、文章、論語、孝経、などを学んだとされています。

 

792年に大学寮(当時の官僚育成機関)に入り、793年の19歳の頃には学問のみならず、仏教の修行を始めたそうです。(それも山の中で、、)

 

今でいう東大法学部の学生が仏教の修行を山の中で始めるようなものです。

 

20歳に時に正式に出家し、23歳で大日経という仏教の経典に触れ、

そして804年に30歳にして遣唐使の留学僧として当時の中国、「唐」に渡ります。

 

唐まで行くまではとても苦労して、途中海賊に疑われたりと、、涙

 

806年に日本へ帰国。(本当は20年くらい滞在の予定を2年で帰ってきてしまったらしい…尚、当時では重罪)

809年に入京を許される(最澄に協力があったそう)

 

その後、真言宗を開き、真言宗の発展に尽力し、835年に亡くなりました。

空海の生涯を見てみると、「何故空海は中国へ行ったのか??」あるいは「何故中国へ行けたのか??」

という単純な疑問が浮かんできます。

何故空海は唐へ行ったのか??

空海は20歳の時に出家し、23歳で「大日経」に触れています。

ポイントはこの「大日経」です。

大日経とは正式には『大毘盧遮那成仏神変加持経』と言い、インド、中国を経て、日本へ伝わりました。

「大日経」は空海がのちに創始した真言宗などの密教の根本的な経典とされています。

 

しかし、当時の中国へ行く前の空海にはその内容を全ては理解はできませんでした。

 

その為、「大日経」を中国で学ぶ為に渡ったのではないか、と言われています。

では、なぜ一介の僧侶が遣唐使として中国へ行けたのでしょうか??

何故、空海は唐へ行けたのか??

空海が大日経に触れた23歳から遣唐使として唐へ渡る30歳までの7年間、空海が何をしていたのでしょう。

密教の修行のために、山に籠っていたとか、留学のための学習をしていたなどと、推測されています。

しかし、空海が7年間どこで何をしていたのか資料も何もないため、この時期は空海の「空白の7年間」とされています。

その為、なぜ、一介の僧侶だった空海が唐へ行けたのかは謎なのです。

空海の逸話・伝承

空海には様々な伝説や逸話があります。

・北海道を除く全国各地の温泉が空海にとって発見されたり、

・呪文を唱えて雨を降らせた、

・風呂敷を発明した

など数々の「ほんとかよ~??」と思える伝説や逸話があります。

 

ちなみに「弘法も筆の誤り」とは

「弘法大使=空海」を指し、空海のような名人、すごい人でもミスをする事があるという意味で現在でも使われています。

おわりに

空海は非常に優秀な人物であり、様々な伝説をもつ人物ですが、謎の多い人物です。

今後、空海の謎が解き明かされえる日は来るのでしょうか??

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