【マニアック格闘技】巌流島でも見られた打撃技ありの「柔道」とは

今やオリンピックの種目となり、世界的競技になった柔道

あなたは柔道とは何か知っていると思います。
恐らくイメージは「正々堂々、襟と袖を四つに組み相手を投げる武道」ではないでしょうか。

私も柔道は初段(一応黒帯ですが、大した事はない…)を持っており、馴染みの深い武道です。

ところで、柔道には組んで投げるだけでなく、当身技と呼ばれるパンチやキックなどの打撃技があるのはご存知でしたか?

イメージは巌流島の小見川選手が戦っている柔道に近いです。

今回は柔道の歴史や技術などについてお話しします。

柔道の歴史とは

~戦国時代

柔道の源の歴史は日本の古い時代まで遡ります。

かつて柔道は武士が戦場の中で戦う武術の一つで「組み討ち」と呼ばれるものでした。「組み討ち」は鎌倉時代から行われていたそうです。

 

武士が戦っていた時代、合戦は弓矢や鉄砲で撃ち合い、槍で戦い、弓も槍も尽きれば刀で戦います。

そして敵との間合いが近くなり刀を失い、素手になってしまった場合、相手を組み伏せるという戦いをしていました。

そんな「組み討ち」は江戸時代には力ではない技術と言う意味の「柔」、「柔術」と呼ばれる徒手、対武器、武器を含む技術に変化していきます。

そして最古の柔術流派が「竹内流」と呼ばれる流儀です。竹内流が創始されたのは1532年で、今から500年前以上の戦国時代に創始されました。

 

漫画などで見る昔の剣術の流派のように、○○流柔術、とか○○流拳法など、あんな感じに様々な流派がかつてはたくさんあったのです。

柔術とは下の動画の様な感じの武術です。どこか神秘さを感じさせます。

江戸時代~現代

戦国時代が終わり、平和な江戸時代に入ると、柔術は発展し、各地には数百もの柔術流派がありました。

現在では、古くから伝わる「柔術」を「古流柔術」と呼称します。

 

そして幕末期、江戸幕府が開国し、明治時代になると、

1882年(明治15年)に起倒流柔術や天神真楊流などを学んだ「嘉納治五郎」という人物が、柔術から危険な技などを省き、体育として取り組めるように創始した武道が「柔道」です。

 

明治時代ですから、現在の総合格闘技のようなグローブもありませんし、危険な当身技を省き、投げ技を稽古するという現在の柔道の形になったのです。

 

なお、「古流柔術」では当身技や投げ技を多くの場合、形稽古で現在も行っています。

 

つまり「柔道」とは「柔術」という武士の武術から派生した為、実戦の事を考え、柔道には「投げ技」と「寝技」の他に「当身技」すなわちパンチやキック、対武器術が含まれているものの、普段はあまり目にしないのです。

*当身技も形として現存していますが、試合でも禁止である為、競技面からのメリットが皆無で稽古する人は少ないです。こちらがその映像です。

その後、柔道は日本で普及していき、世界へ広がっててきます。

現代柔道の総合武道として削られた古流柔術の側面

かつて柔道にも「当身」(パンチやキック)がありましたが、その当身の技術を現代でも古流柔術は活かします。

 

投げ技がうてない距離からは当身技を急所などに入れ、相手を倒す、或いはひるませ、間合いが近くなったところで相手を投げ、制す、或いはトドメをさすというものです。

 

そして投げ技もただ柔道やレスニングのように投げてくるだけではなく、

肘や手首、肩などの関節を極めながら「相手の関節を破壊する」投げる技も使用し、柔道とは似ているものの、少し違うものになっています。

他にも対短刀や刀などの対武器術や棒術などの武器術も「古流柔術」では稽古していました。

 

しかし、「柔道」は明治の文明開化の時代に柔術を体育化し近代化する為に、危険な技を省き、

今のように安全(もちろん痛ましい事故は近年もありますが)な競技としてできるようにしました。

また、「柔道」が「柔術」の違いとしては、単に相手を制圧するのではなく、

「武道」や「社会体育」として人格形成を目指すという面からも危険な技術は省かれたと思われます。

当身(打撃技)の乱取り(スパー))や対武器が構想されていた柔道

柔道創始者「嘉納治五郎」先生は、柔道の通常の乱取り(スパー)は当身技を除いたものであり、

当身技の稽古を型稽古だけではなく、乱取り稽古もっこなうべきだと考え、当身技の乱取りも構想していたそうです。

また、嘉納師範は理想の柔道教師として、素手の技術以外にも棒や剣術に熟練し、教育家としても優れている事を理想としていた為、武器術も柔道に想定していたことが分かります。

*上部ページの動画「極の形」に対武器の技の映像あり

 

ここまでくると、江戸時代以前の古流柔術(素手、武器も行う)に近い存在が柔道であったようです。

当身技を駆使する「ネオ柔道」小見川道大選手

現在、巌流島という武道イベントで活躍されている小見川選手は柔道出身の格闘家ですが、

「ネオ柔道」という当身技ありの「嘉納治五郎」先生が理想とした柔道で戦う総合格闘家です。

衣服を着用し、戦う、巌流島の試合では、「遠い間合いでは打撃技を駆使し、掴めば、巴投げなどの柔道の投げ技で投げる」という総合武道として構想されていた柔道の様に試合を繰り広げ、まさにその「ネオ柔道」を体現されています。

 

小見川選手のような柔道家が柔道創始者「嘉納治五郎」先生が目指した「柔道」なのかもしれません。

まとめ

過去には空手にも投げ技や関節技があり、総合武道として成り立っていました。

柔道も同じく、当身技や武器術が構想されていました。

競技に取り組んだり、見るのも楽しいですが、その歴史や本質を見てみるのも良いかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です