合気道の達人は強いのか??塩田剛三先生から考察してみる

合気道と言うと、小柄な老人の達人が黒帯の男たちをポンポン投げて行くイメージはありませんか??
今回はそんなイメージがある合気道の達人が本当に強いのか、現役合気道家(弐段)の僕が勝手に考え、お話したいと思います。
今回は養神館合気道創始者の塩田剛三先生の例から考えてみたいと思います。

塩田剛三とは何者か??

「塩田剛三(1915ー1994)」とは現在合気道界2番目の規模を持つ流派、「養神館」の創始者です。

その技は神業で、まさに達人にふさわしい合気道家であり、漫画「刃牙シリーズ」のキャラクター「渋川剛気」のモデルでもあります。

まずは塩田先生の技をご覧ください。

塩田先生は身長154㎝、体重46㎏という体格ですが、この強さです。

にわかには信じられませんよね。

幼少期の頃より柔道や剣道の武道の修行をされており、柔道の腕前は16歳にして三段の腕前でした。

そんな若き日の塩田先生は武道の腕を上げ、少々天狗になられていた様で、ある日、合気道創始者であゆ植芝盛平翁の道場を訪れたそうです。

植芝盛平翁に「一緒に稽古をやらないか?」と声をかけられ、若き日の塩田先生は植芝盛平翁に対し、いきなり蹴り込んだそうです。

しかし、蹴りこんだはずが何が起こったか分かる間もなく植芝盛平翁に投げ飛ばされ,、若き塩田先生は頭を打ち、閉口してしまったそうです。

ちなみに植芝道場への入門をその日に決めたそうです。

その後、植芝翁に師事、合気道を学び、1956年に「養神館」という流派を作られました。

晩年も塩田先生の合気道は衰えることなく、多くの合気道家に本物の合気道を指導され続けました。

そして、1994年に天昇され、現在でも塩田先生は多くの合気道家、武道家が尊敬し、目指している達人です。

次はそんな塩田先生の逸話をお話しします。

塩田先生の逸話

空手部を投げ飛ばす

塩田先生は大学時代、拓殖大学に在学し、後輩には全日本13連覇を成し遂げた、「鬼の柔道家、木村政彦」もいました。

そんな大学時代、ある空手部の部員が柔道や合気道をバカにしていたそうです。そこで塩田先生とその空手部員はある日立ち会うことになりました。

空手家は正拳突きを塩田先生に放って来ました。

しかし、塩田先生は相手の突きに対して、脇にかわし、突きを放ち、腕が伸び切ったところで肘関節を極め投げたそうです。

技は養神館でいう「肘あて呼吸投げ」という技です。合気会では「天秤投げ」と呼ばれています。

*参考までにどうぞ

その空手部員は肘を極められたまま投げられた為、しばらくは肘を痛めていたとか。(極められるとめちゃくちゃ痛い)

空手家の突きにこの技を合わすことは並大抵ではできません。(僕も試しにやってみt事がありますが、合気道家の渾身の突きに合わすのでさえ難しいです。

最強の柔道家木村正彦に腕相撲で勝つ

拓殖大学の後輩にあたる柔道家「木村政彦」は全日本13連覇を成し遂げ、鬼の柔道家と呼ばれるほどのストイックさを持つ伝説の柔道家ですが、

塩田先生はその木村先生と腕相撲の勝負を3回行い、2回勝ったそうです。

当時の塩田先生は筋力トレーニングも若さゆえに積極的に取り組んでいたそうです。

それだけの基礎体力があるからこそ、あのような技が可能だったのでしょう。

ロバート・ケネディー大統領のボディーガードを組み伏せる

ロバート・ケネディー大統領が1957年に来日した際、大統領は塩田先生の道場を訪れ、演武を見たそうです。

その際、塩田先生の神業を疑問に思った大統領は自らのボディーガード(190㎝、100㎏を超)を塩田先生に立ち会わせました。

ボディーガードが塩田先生に両手をとられたとたん、そのボディーガードは塩田先生に組み伏せられてしまいました。

大統領はその様子を自信の手記にも記しています。

実際の動画がこちらなのですが、僕もなぜこのような事ができるのかはわかりません。

塩田先生に本気で殴りかかってきた格闘家をも倒す

はたからは信じられない神業をいとも簡単に行ってしまう塩田先生を現在でも疑問視する武道家や格闘家は少なくありません。

そんな武道家や格闘家の中にアマチュア格闘家の「岩倉豪」という人物がおりました。

当時、岩倉さんは塩田先生のセミナーにより強くなりたいと思い参加されたそうです。そして、セミナーで塩田先生の力を試すべく、本気で塩田先生に殴りかかったそうです。

すると、その瞬間、殴りかかった力を利用され、投げられ、左肩を外す、重傷を負ったそうです。

岩倉さんはこの実体験から塩田先生の技を本物の技と認めています。ちなみに岩倉さんは現在でも格闘家として活躍されています。

塩田先生を訪れた武道家、格闘家

極真空手創始者の大山倍達先生は大学時代の後輩にあたり、養神館の道場に訪れていたそうです。

また、大気拳創始者の澤井健一先生も養神館を訪問しています。

ボクシングのマイク・タイソンも養神館を訪れ、塩田先生の技を見ています。

では、なぜここまで塩田先生は強かったのでしょうか??

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なぜそれまでに塩田先生は強かったのか??

塩田先生の強さはやはり合気道の開祖である植芝盛平翁に直接師事し、現在の合気道家と比べ物にならないほど稽古をされたことにあります。開祖の植芝盛平翁の実力も塩田先生以上の凄まじ超一流の技術を吸収されたのでしょう。

また、反射神経の訓練のために水槽を叩き、水槽の中にいる金魚の動きに合わせ、体を動かす訓練を8年も繰り返し、車にはねられそうになったと所を瞬時に合わすという反射神経を身につけられていたそうです。

そしてその並々ならぬ、稽古量、研究、反射神経、技術をもってして、視界から消えるとまで称された、体捌きや技、呼吸力などを身に着けたが為に凄まじい技を会得されたのでしょう。

また、植芝盛平翁の合気道の本質をとらえられる力があってこそあのような合気道ができたのでしょう。

果たして現在に塩田先生の様な達人はいるのか??

現在にも素晴らしい技をもつ先生方はたくさんいらっしゃいますが、塩田先生の様に実戦で合気道を使える合気道家がいるかはわかりません。

現在の世界の合気道人口は160万人おり、その中に塩田先生のような合気道家がいるかもしれませんが、塩田先生のレベルまでに達するのは至難の業です。

ちなみに僕は修行不足はもちろんの事、塩田先生の足元までにも及びません。

合気道の達人は格闘技のリングで勝てるのか??強いのか??

合気道の達人といえどもルールのある格闘技では格闘家に勝つことは難しいでしょう。

格闘家はそのルールに適応した試合運びや技を使いますし、その技術は驚くほど洗練さています。

そんな格闘技のリングに合気道の達人が挑んだとしても勝つのは至難の技でしょう。

また合気道の技はルールの制約がなく、自分の身を守るための技術ですので、積極的に相手を倒す格闘技の技術としては不向きと言えます。

近年、「巌流島」という格闘技イベントに60歳の「合気柔術(合気道とはまた別)の達人」が出場し、開始15秒で倒されています。

それくらい格闘技というのはシビアなのです。

しかし、格闘技ではなく合気道を護身術としての武術としてノールールで使うのであれば、それなりの効果がかもしれません。そうであれば、合気道の達人も合気道の技を活かすことができるかもしれませんし、強い??のかもしれません。

塩田先生も道場破りが来た時、有無を言わすことなく、不意打ちの急所攻撃を仕掛け、撃退したという話もあるそうですので、ルールがあるなしでは格闘技とは大きく戦い方が異なるようです。

ですので、「合気道の達人が強いのか??」という事について、僕には何とも言えません。しかし格闘技のリングで使う事が難しいのは確かでしょう。

まとめ

・塩田剛三の実力は格闘家やアメリカ大統領のボディーガードを組み伏せるほどの実力であった
・現在、塩田先生のような合気道の達人がいるかは不明、塩田先生のレベルに達するのは至難の業
・合気道の達人といえども、格闘技のリングで勝つのはかなり難しい

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